ヘリコプターペアレンツ。子供達が失敗しないように、ヘリコプターのように旋回し、着陸体制をとっている親のことを表現している言葉だ。 アメリカで、ヘリコプターぺアレンツによって育てられた子供達に見られる精神的な影響が取上げられて暫く経つが、昨年、ヘリコプターぺアレンツの背景や影響、そしてヘリコプターペアレンツからの脱却について一冊にまとめた本、『How to Raise an Adult – Break Free of the Overparenting Trap and Prepare Your Kid for Success(どうやって大人を育てるか。行き過ぎ子育ての穴から抜け出し、子供に成功の覚悟を決めさせる』が出版され、ニューヨークタイムスのベストセラーになった。 その本の中で取上げられている統計をまずご紹介しよう。 『2013年にアメリカン・カレッジ・ヘルスアソシエーションが153大学の10万人の大学生を対象に健康調査を行った。
![]() この結果は、アイビーのような有名ブランド大学だけでなく、様々のランクの学生達に調査した結果。 例えば、これがアイビーリーグの学生に行った調査だとしよう。その場合「入学前と入学後のプレッシャーが半端じゃないんだろうな」と、何となく納得してしまうかもしれない。 でも、そうでないこの結果。ということは、アメリカの若者に何か起こっているのではないか。 著者のジュリー・リスコット−ヘイムスは、スタンフォード大学卒、ハーバードロースクール卒業後、企業弁護士を経て、10年間スタンフォード大学のフレッシュマン(一年生)の学年長を勤め2012年に退職した。 学年長をした10年間、著者は入学してくる学生達の親の関与が驚嘆するほど増えていることに気がついた。毎年、自分の子供達が失敗しないように、学生達の成績、課外活動、キャリアの選択に親が関わってくる。と同時に、度を超した親達の関与で、自分を見いだせず大人の生活に必要な知恵や経験を持っていない学生達は増加していた。 著者は、精神科医/心理学者/医学機関への取材、著者/教育者/教育機関へのインタビュー、学生達、企業への取材、そして自らの大学での経験と、自らも母親である経験を元に、過度干渉の子育てが子供達に害をもたらしていることに警鐘を打ち鳴らすとともに、解決への提案を一冊の本にまとめた。それがこの本だ。 私がこの本のことを知ることになったのは、NYのとある私立校から、この著者の講演会の案内を受け取った時だ。 講演の案内メールに「過剰関与子育ての弊害」という一文を見た時に、はっとさせられた。 我家は2014年の夏に、日本での三年半の生活を終えNYに戻った。 長女は当時14歳で、一人で学校に行くのは当然だが、当時11歳の息子は、初日だけは送り迎えしたものの、翌日からは自分で地下鉄にのり、一人で学校に行った。7歳から11歳まで日本で散々電車に乗ったし、一人で学校にも行った。NYに戻った2014年のサマーキャンプも、一人で地下鉄に乗って10駅先にあるキャンプにまで行った。出来ることは、するのが当たり前だ、と私達夫婦は思っている。 学校に行き始めて一週間ほどたった頃、昔から仲良くしていたママ友に言われた。「みき、すごい度胸だわ。私なんて学校の裏に住んでいるのに、未だに送り迎えしているのよ。だって、その角で何があるか判らないじゃない。私だけじゃないのよ、〇〇だって、ワンブロックしか離れていないのに送り迎えしてるわ。地下鉄だって絶対一人で乗せないわ。でも、忠告しておくわ。ママの中にはあなたがしていることを、正しいと思わない人もいるかもしれない」。12歳ながら身長が180㌢ある男の子のママも、「すごいわね。私は絶対一人で息子を行動させれない」というのだ! 「子供だって出来ることはやってもらう」という私のやり方を「放任主義」と非難したママ達もいたに違いない。でも一向に構わなかった。今更取上げたら、それまで息子がエンジョイしていた独立心を奪ってしまう。息子は天気が良い日は、歩いて帰ってくる。ボールをバウンスしながら、車に注意しながら、周りを観察して帰って来るのだ。 そんなある日、息子が「今日、帰って来る途中で、お婆さんに、『お母さんはどこ。一人で歩いたらだめよ』って言われたよ」と言う。人通りの多い道を日中に歩くだけで、こう言われる。 しかし、息子が一人で地下鉄に乗っているのに感化されて、息子と一緒に地下鉄に乗ってみたい、という友達が出てきた。きっと大人なしで地下鉄に乗ってみたかったのに違いない。その子が我家に遊びに来る時に、その子のママから電話があり「今日、初めて、大人なしで地下鉄に乗るの。お宅に着いたら無事に着いたか連絡ちょうだい」と言う。 こうやって大人がいつも行動を共にしている子供達は(就学前ならともかく)、周りを注意しないで歩く。大人が危険を事前に注意してくれるからだ。 こんなこともあった。娘が7歳ぐらいだったか、冷蔵庫からミルクを出した。それを見ていたあるママ友は、「みきは子供に冷蔵庫から物を取らせるのね。すごい!」。なぜ取らせないのか、私はそっちが不思議だった。「まだ子供を信用できないのよ。こぼすのが心配で」。こぼしたら拭けば良いと思うのだが、こぼす、という失敗もさせられないのだ。 この本にも驚く事例が紹介されている。 親元を離れ、アメリカのある都市で、道に迷ったヤングアダルトが、親にメッセージで「迷った。どうしたらいいの?」と助けを求める。大学のキャンパス内で迷った学生が親にメッセージで助けを求める。 ある学生は、自宅から寮に送った荷物を寮のビルの前に数日間置きっぱなしにしていた。生徒二人もいたら、学生の部屋まで運べる大きさだったその荷物は、結局その寮の責任者がその学生の部屋まで運んだ。その学生の両親が「荷物があるから部屋まで運んでほしいと」大学に連絡してきたのだ。その学生は、自分で周りに助けを求められず親に電話して親に解決を求めた。 彼等は「知らない人に話しかけちゃだめよ」と注意され続けた年代から、車で送り迎えの生活で、道を歩く他人に声をかけるスキルがない。 このヘリコプターぺアレンツをパロディにしたビデオがある。 タイトルは『コプターマミー」で、出演しているホルダーニ家族は、他のテーマでもパロディビデオを出している。タイトルにマミーがついているが、パパのヘリコプター振りも見逃せない。 公園で、ママパパが、子供達に間違いが起こらないようにコプターぺアレンツしている姿が可笑しい。 母親達は日焼け止めと虫さされ防止スプレーを持って子供達に上陸しようする。モンキーバーから落ちないように子供達の足を持つ。パパは息子がサッカーボールを蹴っただけで大げさに褒める。サッカーの試合に入れ込みすぎてコーチもうんざり顔。 私の子供達が小さい時に公園で遊ばせていた時の情景は、このビデオそのものだった。 私の子供が日焼け止めを塗っていないと、「塗った方が良いわよ」とママ達は忠告してくれた。私だって夏に長時間外に出るような時は塗るが、公園で遊ぶぐらいでは塗らない。 白人の中には塗らざるを得ない子供達もいるかと思うが、では70年代初め頃、アメリカでは公園に行く時必ず日焼け止めを塗っていたのだろうか。ワイプで必ず手を拭いていたのだろうか。主人によると、していなかったらしい。そういう製品もなかった。ワイプでいちいち手を拭かずとも、家に帰って普通の石鹸で手を洗うぐらいで、皆無事に大人になっている訳だ。 私の日本での子供時代もそうだ。公園で泥だらけになり、砂場でも遊んだ。その時だって、砂場におしっこをした犬猫だっていただろうし、でもそれを誰も「汚いからさわっちゃだめ」なんて言わなかった。 最近は3歳まで家畜がいる環境で育った子供にアトピーを含めアレルギーが出ない、という説が出ているようだが、私は納得がいった。私の両親がなぜアレルギーが全くないのかずっと不思議に思っていた。農家で花粉だらけの環境で育っているのに、花粉症すらない。でもこの説で謎が解けた。両親が子供の頃、牛、豚、鳥を飼っていたのだ。 ![]() 話はずれたが、「行き過ぎ子育ての穴から抜け出し、子供に成功の覚悟を決めさせる 」、という本のサブタイトルに興味を持って読んでみた。 ベビーブーマー世代の1946−1964生まれの親がヘリコプターぺアレンツの初期の波だ。この年代の親に育てられた子供達がミレニアル世代の始まりだ。 子育てと子供時代が変化し始めたのには四つの原因があると著者はいう。 『まずは、1981年に起こったアダム・ウォルシュの誘拐事件。NYのソーホーで突然姿を消したアダムは6歳だった。後に無惨な姿で発見された。この事件は、テレビドラマ化され記録的な視聴率を上げた。この事件からミルクカートに行方不明中の子供達の顔写真が貼られるようになり、1988年には犯人を追うドキュメンタリー風テレビ番組が放映されるようになり、アメリカ社会の、他人に対しての不安が増すことになる。 二番目はグローバル化の波で、アメリカ人の子供達の学力に対しての不安が増大した。この結果、テストや記憶重視の教育が始まり、親と子供は、学校の宿題の量の多さに四苦八苦するようになる。そしてやり遂げるために、親も手段を選ばないようになってくる。 三番目。これが80年代にアメリカで人気を得た哲学、セルフ・エスティーム(自尊心)ムーブメントだ。それは、こう。“結果より、子供の存在に価値を置けば、子供が人生で成功する手助けをすることになる”、というもの。』 競走より参加していることに価値を置いた。参加するだけでトロフィーがもらえるサッカーチームが判りやすい例だ。 『四番目は、1984年頃に起こった「プレイデイト」の始まり。これは、母親達が働くようになってから起きたムーブメントで、親がいないから、子供達は学校に長い時間いるようになるか、親が子供のプレイデイトをスケジュールしてベビーシッターが遊びに連れて行くようなる。』 仕事を辞めて家にいる親も、子供を一人で歩かせないから、親が遊びに連れて行かせるしかない。つまり、学校が終わって「〇〇ちゃんちに遊びに行って来るねー」という子供発信で子供本位の遊びがなくなってしまった。 我家もそうだった。我々が日本に移り住む前まで(長女10歳、長男7歳)は、私は職場で子供達の友人のママ達に連絡し、プレイデートスケジュールを立てて、それをシッターに伝えて連れてもらっていた。私は「ステージママみたいだよな」と良く思ったものだ。そして子供は私によくこう聞いた。「明日は誰と遊ぶの?」って。 プレイデイトは、親や大人達が子供達の遊びの場に居合わせることになり、玩具の取り合いやちょっとした喧嘩でもすぐ仲介に入ることになる。子供達自身が遊びを通じて問題を解決するスキルを学ぶ機会が消失してしまった。解決するスキルだけはない。怒りや悲しみや孤独感など、感情の変化を感じるチャンスも逸してしまった。 ミレニアル−90年代の後半に大学生になった子供達を迎え、スタンフォードのキャンパスで新たな現象が起こっていた。 『学生の親達の存在がキャンパスでも、そしてキャンパスの外でも感じる機会が毎年増えていった』と著者は書く。 『親達は、息子/娘達のかわりに、大学で子供が成功するための機会を探したり、事を決める。これは大学生であれば自分達で出来るはずのことだ。この現象は、スタンフォードだけではなく、アメリカの4年生大学で生じている現象だ。』としている。 著者はこう問いた。 『安全性に過度に敏感になり、テスト重視の学歴中心主義になり、結果より人間性重視を推進する子育てが、80年代半ばから普通になったが、実はこれが、子供達が大人になるチャンスを奪っているのだろうか。こういう子供達が大人になり、紙の上では成果/業績を出しているけれど、いつまでも親の助けを必要とする大人になっているのか。いつも親達によって問題が解決され、何をしても褒められて育った彼等は、現実の社会をどう観ているのか。自分達の人生を自分達が責任を持つ、というハングリー精神を今から植え付けることができるのか。自分達から、子供、というレッテルを剥がし大人になろうと彼等はするのか。もししないのであれば、こういう大人達の社会はどうなってしまうのか。この問いが私を悩ませ、そしてこの本を書こうとしたきっかけだった。』、としている。 そして、 『この現象は、大学だけではなかった。私が住むパロアルト*でも、過度干渉子育ての親で溢れていた。何事にもやり方を示し、過保護になり、子供達の生活に過度に関わる。私達は子供を希少で貴重な植物のように扱い、慎重で計算されたケアを施し、子供達をたくましく、これからの人生でより大きな困難に出会った時に立ち向かって行けるような試練も手助けしている。私達の子育ては、人生の準備のための子育てから、人生から彼等を守る子育てになってしまったのか。もちろん、親達はきちんとした子育てをしたいと深く思ってやっていることなのだ。ただこのような過度干渉子育てをする時間と収入があればのことだが...。私達はどんな子育てが何をもたらすのかの分別をなくしてしまったのだろうか。』と続ける。 本に書かれている衝撃のミレニアル達の大学での現状を更にご紹介しよう。 『2010年に心理学モンゴメリー教授が行った調査によると、ヘリコプターぺアレンツに育てられた子供達は新しいアイデアや行動に消極的で、より傷つきやすく、不安症で人前を気にするという結果が出た。反対に、子供の頃から家事等で責任を与えられ親から常に監視されずに育った子供達—フリーレンジャー(放し飼い)達の結果は、その反対だった。 2011年のテネシー大学の教授達の報告では、過度干渉の親達の多くが不安症や鬱で薬を服用している、としている。また、大学のクラスでは、宿題もきちんと提出し成績の良い子供達に、独立した決断を求めると、教授達が生徒達にはっきりとしたやり方を示さない限り、自信がなさそうな様子になる』。『2013年にJournal of Child and Family Studiesが297の大学で行った調査によると、ヘリコプターぺアレンツに育てられた子供達は、そうでない子供達に比べて鬱になるケースが大変多く、自立と受容能力のための基本的精神的成長に必要なニーズを侵害されている』。この他にも驚くべき報告が書かれている。 この子育ての傾向はアッパーミドルクラス(中流と上流の間)以上でみられる。ヘリコプターをするためには、コストがかかる。大学の学費が途方もない金額の昨今(1ドル100円として1年600万円の大学もある)、この学費を捻出しながら、習い事、家庭教師、海外での課外授業など、中流階級以下の収入ではできない。 またアッパーミドルの親達は、学歴も職歴も立派で、子供達が大人になった時に、自分達と同じような社会的ステイタス、収入を子供達に得てほしいと望む人達が多い。持つ者と持たない者の格差は広がるアメリカで、自分達の子供達が「持つ者」になるために、ヘリコプターで失敗しないように飛んで行き引き上げるのだ。 本の中でアッパーミドルクラスの母親達について、専門家達の話を紹介している。 『ウェズリー大学の社会学准教授、ルザーフォード氏は言う。”今のアメリカ社会は、子供は、村(コミュニティ)が育てる、という意識が失われている。つまり、信頼しているコミュニティのネットワークを当てにしながら、子供達が公の領域で成長する代わりに、今の親は、個人の領域で、不安と孤独のなかで、子供達を外の世界に対応させるベストの方法を模索しながら子育てをすることになった。” 社会学者のラリウ氏は、”ミドルクラス以上の母親達が、グループの中で子供達が、先生、コーチ、仲間に関わらず平等に意見を言えるようにする子育て(コンサーテッド・カルティベーション)に必死になっていて、子育てをプロジェクトと見なしている”、という。 2012年のthe Journal of Child and Family Studiesが5歳以下の子供を持つ181人の母親達に調査した結果の中で、”子育てを至難と感じ、特別な知識が必要だと思っている母親達は、子育てに専門的ノウハウはさほど必要ない、と思っている母親達に比べ、よりストレスを感じ、気が滅入っている、と報告している。” 心療内科医のガグノン氏は言う。”学歴が高い女性達は、自分達のスキルを子育てに注ぎ込む。彼女達は子育てのエクスパートになったと信じ、不安やストレス、気が滅入りながらも、自分達を子供に投資するのだ。”』 ![]() 2015年12月号のアトランティック誌は、パロアルトの高校生達の自殺を取上げている。The Silicon Valley Suicides-Why are so many kids with bright prospects killing themselves in Palo Alto(シリコンバレー自殺—なぜパロアルトの将来有望な若者は死を選ぶのか)。 その記事は2014年の11月に自殺した高校生を取上げ、減らない高校生の自殺について話を展開している。 その生徒は精神的な問題もあるように見えず、虐められている子供でもなく、普通に優秀な高校生だった。高校ではバスケットボールチームに属し、クラスメートからも人気があった。ただ一つ周りの友人達が気づいていたのは、彼が寝ていないことだった。夜中の3時にSNSで「ドーナッツ食べに行く人いる?」とメッセージを送れば、返事をするのはその生徒だった。なぜ、と聞くと、「勉強しないといけないから」という返事だったそうだ。でもそれを苦にしている風ではなく、成績は常にAで、彼にとって良い成績を取ることがそれほど大変そうではなかった、と友達は語っている。 いつもAを取らなければいけないプレッシャー、スポーツでもレギュラーで活躍し、課外活動もボランティア活動もこなす。それをしなければ、有名ブランド大学に入れないと、親達は生活に必要なスキルは代わって行い失敗もさせず、子供達にプレッシャーをかける。 著者は、 「出来ると思う」というマインドセットを培うことが重要だと言う。このマインドセットは、セルフ・エフィカシーと言い、これは、70年代に著名な心理学者のアルバート・バンデューラ氏が提唱した心理学のコアコンセプト。 『セルフ・エフィカシーは、現実的な成果や目標の到達への意識。当初は成功しなくて、でも挑戦し、また挑戦する。その繰り返しが、気がついてみたら達成につながり、もしくはマスターすることになる。 セルフ・エフィカシーは、セルフ・エスティームと異なる。エスティームは自分の価値や値。エスティームはエフィカシーに影響はするが、エフィカシーは働きや努力して得られた成功で築かれる。エフィカシーが形成される大きな要素は、子供の時にしか許されない挑戦と失敗を繰り返すことだ。そう、子供時代は人間として形成されるのに非常に重要な時期で、私達は、ごく最近になるまでその過程を経て大人になった。それが今は、その大切な過程を、親が代わりにするようになったのだ。』 そして、著者は、プレジデント候補、ヒラリー・クリントンの発言を紹介している。 『(子供の頃)私達はとても独立していた。大きな自由が与えられていた。でも今は、その自由を子供達に与えるのを想像するのは不可能に近い。その自由を子供達に与えられなくなったことは、社会にとって大きなロスである。しかし、私は子供達が自由に遊び、近所の路上でゲームするなど、私達が子供時代に当然と思ってきたことができる日が来ることを期待してやまない。それが、私達が子供達にしてあげられる一番のギフトである』。 この著者が、講演中に「考えてみてください。この子達が、将来政治を司り、企業のトップとなり、先生になって行くのです。」言ったフレーズが心に残った。 これがアメリカの現象だとしても、日本とも重なるところもあるのではないかと考えた。 二月号では、「ヘリコプターペアレンツー行き過ぎ子育てからの脱却」続編。過剰関与/干渉子育てからの脱却への提案を紹介しています。 *パロアルト(Palo Alto) サンフランシスコベイエリア地域にある都市。シリコンバレーの北部端にあり、複数のハイテク企業の本拠地。スタンフォード大学が隣接する。 *著者本の文章は引用者のタイトル等を含めまとめて訳している箇所があります。 |