ニューヨーク:母親達の選択シリーズを始めて、来月で一年になる。 この連載を始めようとしたきっかけは、2011年から3年半、主人の仕事の関係で東京に住んだ時のこと。何度か女性活用セミナーに参加したが、その時の一つのセミナーで、50代以上のアメリカ人女性のパネラー達が、「子供を産んでもキャリアは続けられます。ベビーシッターやナニーを雇えば良いのです」的な発言をしている時に、何かちょっと腑に落ちない気がしたことだった。 私の周りのアメリカ人ママ達の多くが、子供と一緒にいる時間を持つために、出産前と違う仕事をしていた。有名大学卒で優秀で、それでも出産前のキャリアに見切りをつけワークライフバランスを選んでいた。 『子供産んだらナニー雇って仕事復帰』以外の女性の社会復帰のケースを紹介したいな、と思った。 ![]() ワークライフバランスを可能にさせた女性達へのインタビューを重ねるうちに、アメリカの育児支援や制度が、そして環境がそれほど良くないことを発見した。育児休暇はDisability(直訳すると“障害”)という扱い、職場での働く母親への理解も思ったほど良くなかった。 アメリカでは出産後にDisability Leave − 一時的労働不能休暇が適応されているところがほとんど。この休暇は、職は守られるが雇用主に支払う義務はない。(父親への有給育児休暇が出るところはもっとまれ)。もちろん例外はある。これまでインタビューしたママ達の中にも、雇用先から有給育児休暇が出た人達もいる。大手コンサルタントファームにいたアリッサと弁護士のイボンヌだ。でも来月号に載せるアイビーリーグ出身、IT企業のHRでVPをしていたブランディさへ有給育児休暇はなかった。 自分がラッキーにも、出産時に勤めていた会社を辞め、フレキシブル体制で働ける職場に再就職し、仕事と家庭を両立できたこと、主人も一人目の時は3週間、二人目の時は2週間の有給育児休暇が出て、「すごいな。さすがアメリカ!」と感動した。そして世のご主人も、そして出産した女性達も仕事先から有給育児休暇が出ているものだと思っていたのだ。大きな勘違いだった。 ![]() ニューヨークのチャイルドケアはべらぼうに高く、よっぽど稼いでいるか、自宅で仕事ができるか、親など家族が近くに住んでいるか、でないと税金を払った後赤字になってしまうほど高い。 例えば、新生児をナニーに預けるとしよう。ナニーに1時間15ドルのレートで1日10時間お願いすると、1ヶ月に3000ドルかかる(1ドル100円として月に30万円!)。じゃあ、託児所は、ということになっても、ニューヨークタイムスの2013年11 月の記事によると、きちんとした託児所で最低、年間25,000ドルから30,000ドル(250万円−300万円)。 なのでニューヨークでも出産後に仕事を諦めざるを得ないケースも出ている。知り合いのセラピストによると、若いママ達が、仕事が出来ないことに対する不安と、稼いでいない罪悪感で相談に来るケースが増えているそう。それでも子供は多い。ブルックリンの我家の周りもストローラーを押すママパパが一杯いる。 インタビューを通して発見したのは、アメリカ人にとって、結婚イコール、家族になることなんだな、ということ。「子供をなぜ産もうと思いましたか?」という質問に彼女達は不意をつかれた表情をしていた。「結婚したら産むという選択肢しか考えてなかったわ」と言ったのはジャッキー。逆をかえせば、子供を産まないなら結婚しなくても良いのでは、ということか。次号に載せるブランディも、「数年つきあっていたけど、子供を産もうと思ったので結婚した」と言っていた。 仕事に復帰した後、働く母親に対する職場での理解が、想像したより低いことも意外だった。 コンサルタントファームにいたアリッサの話では、子供を持たない社員達が定時に帰る母親社員に不公平だと陰口していたというし、シャミーナは、子供がいる男性上司から、「女性は出産後辞めたりフレキシブル制を求めて来るから、あなたの昇進は見送ったよ」と言われたという。 定時に帰宅するのであれば、出世は難しい、というのを語ってくれたのは、弁護士のイボンヌ。子供がいる女性パートナー弁護士は、彼女がパートナーに昇格するためには、定時で帰ることを認めなかった。イボンヌは、「パートナーにならないなら辞めるしかなく、辞めることは、弁護士のキャリアを諦めることだと思っていた。キャリアを追求する女性達のお手本は沢山いるのに、育児と仕事を両立させようと思った時にお手本となる弁護士の女性がいなかった。だから仕事を辞めるのは恐怖だった。」という話をしてくれた。 なぜキャリアを追求した母親達の話は取上げられるのに、バランスを取ろうとする母親の話は取上げられないのだろう。続けられる選択もとれたのに、辞める方を選んで、子育てしながら新しく自分の道を切り開いて行こうと思うのだって、もの凄いパワーがいる。常に自分を奮い立たせなければいけない。孤独も感じるだろう。 イボンヌは、インタビューで私に話している間に、「フルタイム以外の弁護士を知らなかった。見本となる女性がいたら恐怖も薄れていたかもしれない」ということに気がついたようだった。アメリカ人にも、ワークライフバランスをとるママ達のケースがもっと紹介されてもいいのになぁと思った。 先ほども登場した知り合いのセラピストは、「あなたのインタビューをニューヨークのママ達が読んだら、勇気づけられるかもね」と言っていた。 ![]() インタビューした彼女達夫婦に共通していえるのは、父親も家事を分担すること。掃除はほとんどのミドル/アッパーミドル家庭で、お掃除おばさんを雇っているので、家事の中で時間が取られるのは食事作り。夕飯作りはご主人が担当する、という夫婦が結構いる。 もしご主人の仕事柄、平日は家事に協力できない場合は、週末に料理などを楽しんでいるし、子育てに関しては精神的には全く分担。躾、進学等のチャレンジは夫婦で臨む。そうは言っても、自分の経験や周りの母親達を見ていても、学校や医者への連絡、諸々の緊急時は母親が対応するので、分担しても母親が家事/育児に費やす時間は夫よりは多いと思う。 アメリカは主夫もいる。私の長女が2歳頃に良く遊んでいた双子の男の子のお父さんは主夫だった。奥さんの方が収入が多かったので、ご主人が子育てを担当することになった。彼はアイビーリーグ出身のジャーナリスト。双子が小学校に入る時に、ジャーナリズムの仕事に戻った。 フルタイム主夫でなくとも、奥さんの収入が高く、仕事の地位も高い場合、夫がフリーになって、子育てに対応している家庭もある。例えば、私の知り合いで、奥さんは大学法学部の教授。ご主人はフリーの建築家で、子供の送り迎えはご主人が担当している夫婦もいる。このシリーズでも、主夫になることを選んだパパを紹介する予定でいる。 そして、これまでインタビューした人達は、選択が出来た人達だったが、長時間働くしか選択できない親達もいる。これからはシングルマザーにも話をききたいと思っています。 ニューヨーク/ブルックリンママ達の奮闘ぶりを紹介するつもりで始め、一人一人に話を聞いていくうちに、知ったつもりになっていたアメリカを再発見したような気がした。 インタビューしたママ達は、中国系アメリカ人のクレア、インド系アメリカ人のシャミーナ、アルゼンチン人を親にもつイボンヌ、タイ人の母親を持つアリッサ。ユダヤ人のジャッキーとアリサ、代々キリスト教クエーカー派の文化を引き継ぐ家庭だったアレックス。来月載せるブランディはヒスパニック系アメリカ人。 彼女達は育った環境が全員違う。英語以外に、家庭で話した言葉もコミュニケーションの取り方も、習慣も祭事も。彼女達の育った文化が強く影響し、それぞれのストーリーがある。 考えてみれば私達の子供達もそうだ。日本人の母を持ち、ニューヨークにいながら、日本の伝統行事を経験し、病気になればお粥を食べ、小さい頃は学校帰りに日本語学校に行き、ボーナスポイントで、三年半、日本で暮らした。 それでも彼らは、どこをどう切ってもニューヨーカー。ダイバーシティの環境で、異なる物、事を受け入れる教育を受け、ディベイト、プレゼンテーションを重んじるクラスで発言を求められ、歩き方、ジェスチャー、全てが都会で育ったアメリカ人だ。 こういう風に全然違った文化の影響を強く受けて育った人達が、アメリカ人として一緒に生活するこの国は、やっぱり凄いなぁと改て感激した。 ![]() インタビューしたママ達は、初めは「オッケー。30分ぐらいでいいかしら」と話を始めるが、話を始めると、1時間になり、時には2時間もとってくれるママもいた。 発達障害の兄を持つ経験が自分の仕事観/子育て観に大きく影響したアレックス。アレックスが小学校の時に、「学年で白人は私だけだった」という経験はどんなだっただろう。「アジア系が強く出ている弟達はいじめられました。それなので母は家族の絆を強くすることに力を注いでいました」と言っていたアリッサ。アダプトした娘について率直に話してくれたイボンヌ。女優を諦め、自分で起業した後、デザイン会社で経営者の右腕になって、子育てと仕事を何とか両立させようと奮闘するアリサ。 話が終わった後に、彼女達は皆、「面白い質問だったわ。色々考えた。自分が頑張ってきたんだな、て思えた。」と言ってくれた。 私こそ、話を聞きながら、自分の知らなかった世界に引き込まれ、インタビューをしながら、短編映画を見ているようだった。ストーリーの持つパワーをひしひしと感じた。 来月は、ヒスパニック系アメリカ人のブランディ・メレンゼのインタビューです。自ら、「茶色い肌を持つ私が育った環境が、自分の子育て/仕事観に影響を与えました」と話してくれたブランディ。5月10日に掲載予定です。 |